アニッチャブログ
母に会いに行ってきました。
尾崎礼佳でございます♪
今日、自走して母に会いに行ってきました。
自宅から13キロそこそこ 往復しても30キロにも満たない。
自走できなくなっても、宇治から送迎バスがあるので安心です。
母は、宇治にある天瀬メモリアル公園に眠っています。
実際は、7月4日に納骨しお経をあげていただきます。
永代供養を選びました。
16日雨の中見学し、その二日後に契約してお骨を引き渡してきました。
ここを訪れたとき、何か心の中がホッとした感と、ここで私も眠りたいと思えたのが決めてでした。
いつか私も永遠の眠りにつくことでしょう。 ここで・・・。
諸行無常
しょぎょうむじょう
6月は上手くいかない。
走ることは生きること、尾崎礼佳でございます。
今日電車の中で考えていたら、6月は上手く事が運ばないことに気がついた。
去年はどうだったか考えていたら、やっぱり…
二度のがん告知され、自分なりの答えを出すのに必死
研修の仕事も全部cancel
進んでいるけど進めない。
原因は、下準備しない、詰めが甘いから。
人に頼り自分で行動しないのが原因
やっぱり自分
「見真」けんしん
智慧によって真理を見極める。
納骨
走ることは生きること 、尾﨑礼佳でございます。
今日、母の遺骨を納骨してきました。
平成16年7月18日 母は天国に逝きました。
私の胃がんを全部持って母は天国に逝ったのです。
そう信じて11年 再度の胃がんになりました。
正直、母は独りぼっちで淋しく私を呼んだのかもしれない。
私が自由に生きているから、いい加減にしなさい!とお仕置きのつもりで再度の胃がんになったのか? わかりません。
いろいろな事情があり納骨せず、今日 12年の年月にケジメをつけました。
宇治にある、青空と緑が多いメモリアルパーク 春には桜が咲き、今の季節はアジサイが咲いていました。
水も流れ、時間がゆっくりと流れている。
先日、雨の日にジョギングしながら見学して、ここで決めようと決心して二日後に納骨しました。
今年で13回忌 早いですね。
私の胃がん術後6カ月で天国に逝き、私を一人ぽっちにして、何度泣いたか・・
泣いて苦しんで勉強したから今の私がいる。
母さん ありがとう。 「さようなら」
ゆっくり眠ってください。
写真はもんちゃん 生後6カ月くらいでしょうか・・。
走ることは生きること 手話
走ることは生きること、尾﨑礼佳でございます。
5月29日
滋賀になる、能登川 手話カフェさんに参加させていただき、ゲストとして「走ることは生きること」を講演させていただきました。
福永さんとは、私が京都マラソンを走るにあたり、産経新聞取材を受け、そして掲載され私をネットで探してくださったのがきっかけで会うことができました。
はじめてのことなので、話すスピードに緊張しましたが、私の話す表情、口元を見ながら手話通訳していただきました。
人の出会いは本当に素晴らしいです。
本当に感謝の日々
二度のがんが、私をここに連れてきてくれたのですね。
ありがとうございます。
走ることは生きること 完走メダル
走ることは生きること、尾﨑礼佳でございます。
いつもご無沙汰して申し訳ありません。
元気にしております。
日々のできごとは、アメブロでご紹介させて頂いております。
5月22日は、走ってみたい場所 小豆島オリーブハーマラソンを、無事2時間8分で完走いたしました。
道マラを思い出すような暑さで、水を首にかけながら走り終えました。
久々に自慢できるタイムではございませんが、自分らしさが戻ってきたように思えます。
二度のがんを経験して、子どもたちに笑顔になって欲しいと思い、完走メダルをプレゼントする活動をはじめました。
私の呼びかけに、心から応してくださる方々から、メダルがたくさん集まりました。
ひとつひとつ、丁寧にシンプルですが、包装させていただいております。
きっと、一瞬の喜びでも良い。 笑顔になって欲しいです。
たくさんのメダルをありがとう。 ありがとうございます。
走ることは生きること 講演いたしました。
走ることは生きること 尾﨑礼佳でございます🎵
紀州新聞に掲載されました。
和歌山 御坊minoricaみのりか 2016.3.29
走ることは生きること がんに教えられた愛と友情を講演いたしました。
二度の胃がんとマラソンへの想い。
私にとって、走ることは生きること!
そこには、「愛と友情」があったことをお伝えいたしました。
完璧な語りではなかったですが、耳を傾けてくださった方々に感謝いたします。
今後も、講演活動をいたしますので、お問い合わせお待ちしております。
2016.2.21 京都マラソン
胃摘出の女性、京都マラソン挑む 「闘病中の人に勇気を」
京都新聞 2月19日(金)18時36分配信
昨年がん治療で胃を全摘出した京都市伏見区の女性が、頑張る姿を多くの人に見てもらおうと、21日に初めての京都マラソンに臨む。大病を乗り越えての挑戦に「悩み苦しむ人、闘病している人を元気づけたい」と誓う。
介護福祉士や心理カウンセラーとして働く尾崎礼佳さん(55)。2003年に胃がんの手術を受けた際、「目標を持って生きたい」と走り始めた。運動経験はなく、胃の3分の2を摘出したため水分補給も満足にできない状態からのスタート。少しずつ走る距離を伸ばし12年、ついにハーフマラソンを完走し、その後各地でフルマラソンに出場した。
15年8月に胃がんが再発、全摘出した。それでも「生きている実感がある。生きる限り走り続けたい」と諦めきれず、術後すぐにトレーニングを再開。3カ月後には富山マラソンを走破、京都マラソンへの弾みをつけた。
最初にがんが見つかったとき「心身に苦しみを抱える人の役に立ちたい」と、介護やカウンセリングの道を歩むことにした。その思いは強まり「走り続けることで、がんと闘う友人たちや心の病に苦しむ人を勇気づけたい。自分を助けてくれた人たちへの感謝にもなる」と決意を固める。
富山マラソンを走った友人が、京都では沿道から応援してくれるといい、尾崎さんは「支えてくれる人がいるから生きていける。そのことも感じてもらえたら」と語った。
サービス高齢者住宅
尾﨑礼佳でございます🎵
2015.11.1 介護職復帰致しました。
2014.9.30デイサービス8年勤務し退職、介護職には二度と復帰はしないという強い覚悟でした。
なぜ、介護職に復帰したのか?
2015.8.3 胃がん全摘手術し、4人部屋で過ごす入院生活のなか、同じ部屋の女性が大腸がんの手術前日不安で眠れなかったのでしょう。
手術前日に担当医師から手術の話を聴き、人工肛門になる可能性もある言われた様子でした。
さぞ、驚かれ不安だったことと思います。
夜、20時を過ぎ、面会時間も終わり、看護婦さんに不安な思いを、長いあいだ話をされていました。 2時間はあったと思います。
「まさか人口肛門になるとは思ってもいなかった。」などなど・・・
その不安の様子は、本当に胸が痛いほど私にはわかりました。
怖くて今夜は眠れそうにもないのだろう・・。
睡眠剤を飲んでも眠れるのだろうか・・・。
その時、ずっと側で聴いている看護婦さんに感動しました。
不安な気持ち、同じ話を繰り返ししている女性の会話を、じっとひたすら傾聴している様子が伺えました。
この患者さま 女性は、どれだけ心が癒されたでしょう。
不安がどれだけとれたことでしょうか?
普通でも手術前は不安で寝れないものです。
この看護婦さんの行動に私は強く感銘いたしました。
そして、今、私は看護婦になることはなかなか難しく叶えることはできません。
介護福祉士の資格を持っている私は、介護の現場で傾聴することができることに気がつきました。
私は、終の棲家・看取り、サービス高齢者住宅で再就職 週に2日間勤務することを選びました。
人生の先輩である高齢者に敬意をもち、傾聴し寄り添うことを大切にし現在勤務しております。
胃がん全摘 走ることは生きること
アニッチャ代表 尾﨑礼佳でございます🎵
2015.8.3 胃癌により、全摘手術を受けて4カ月が経ち、血液検査
CT検査を無事に終え何事もなく通過いたしました。
ご心配おかけいたしました。
ただ・・ 肝臓数値が少し高めなので肝硬変にならないように気をつけようと
思っております。
術後3か月で富山マラソンを完走し、大文字山も走ることもできました。
たくさんの人に支えられて、愛と勇気と友情をもらって笑顔な生活を
おくっております。
走ることは生きること
2016 手帳 愛
尾﨑礼佳でございます🎵
2016年手帳が出来上がりました。
もう既に使っていますが・・・
2014年 挑 交野山ハイキングにて
2015年 律 北海道マラソンにて
2016年 愛 富山マラソンにて
どの言葉も私にとっての支えです。特に「律」は忘れもしません。
北海道マラソン炎天下30キロを過ぎたころでしょうか?この言葉が降りてきました。
わがままな生き方ばかりの私に「律」律する 厳しい言葉で、この言葉かなかなか受け止められませんでした。
ただただ癌と闘っている人、病気で戦っている人たちに負けないで
欲しいと願った42.195 北海道
そして、2016 「愛」
2015.8.3 胃癌 全摘後 3か月富山マラソン復活挑戦
降りてきた言葉は「愛」
素直に受け取る「愛」を受け取ろうと思った瞬間
本当にありがとう🎵
2016年は、たくさんの人に私から愛を贈りたいです。