胃癌とマラソン
2020年 さくら
走ることは生きること、尾﨑礼佳でございます。
2020年 東京オリンピックは、2021年 1年後に開催決定いたしました。無事に開催されること祈ります。
世界平和、さくらをたくさんの人が笑顔で見上げて欲しい。
笑顔になって欲しい。
2021年もさくらは咲く。
今ある命は、今 限り。
いま、ここ。
あるがまま。
2020年3月6日 中日新聞夕刊
尾﨑礼佳でございます。
月日が経つのは早いです。あっと言う間に2020年東京オリンピック開催年と期待しておりましたが、コロナウイルスで延期となりなりました。
私にも、いろいろな変化がありました。
2019年秋からレースを走り続けました。
2019.10 壱岐の島 50キロ
富山マラソン、横浜マラソン、神戸マラソン、湘南マラソン、奈良マラソン、5本走り続けました。
後日、2019年 秋フルマラソンの件は書かせて頂きます。
今回は、ウィメンズマラソン 中日新聞取材を受けましたので、ぜひ読んでください。
名古屋ウィメンズ完走メダル、いつか君も 胃全摘ランナー、難病児励ます
がんで胃を全摘出した京都市伏見区の心理カウンセラー尾崎礼佳さん(59)が、全国各地のマラソン大会に出場し、完走メダルを難病の子どもたちに贈る活動を続けている。尾崎さんは八日から始まる「名古屋ウィメンズマラソン2020」(日本陸上競技連盟、中日新聞社主催)の一般の部にオンライン参加する予定で、子どもたちを勇気づけようと意気込んでいる。 尾崎さんは二〇〇三年一月、スキルス性の胃がんで胃の三分の二を摘出。その直後、同じくがんで胃を切除した鈴木宗男参院議員の走る姿に感銘を受け、運動経験はなかったが「自分もできるんじゃないか」と思い立った。一二年四月以降、多くの大会に出場したが、一五年六月に胃がんが再発し、全摘出した。 「もう走れないかも」と落ち込んだが、入院中に「走ることは生きること」と思い直した。医師に抗がん剤治療を勧められたが、副作用で走れなくなることを懸念し断った。 退院翌日からウオーキングを始め、一カ月後にはジョギングを開始。走ると、手術痕にTシャツがこすれて血まみれになった。思うように食べられず、水も飲めない状態が続いたが、同十一月にはフルマラソンを完走。以後、大会に年七回ほど出場し、昨年のウィメンズマラソンでは3時間56分を記録。「サブ4(4時間以内)」を達成した。 がんの再発後、京都市内の中学校などで闘病体験を話す機会に恵まれ、レースで得た完走メダルを持参した。「私は何もできないと思っていたが、自分にできることが見つかった。やりたいと思ったときがスタート。いつか走ってください」と話すと、生徒たちは目を輝かせてメダルを触ってきた。 「キラキラしたものって、子どもは好きでしょ。笑顔が見たかった」。そんな思いから、心臓病の子どもや養護施設で暮らす子どもたちに、運動会の顕彰用に役立ててもらおうと完走メダルを贈り始めた。ランナー仲間も活動に賛同し、これまで約二千個集まり、京都や大阪の施設に五百個以上届けてきた。 ウィメンズマラソンの出場は今年で五回目。完走賞として贈られるティファニーのペンダントは、別のレース中に腹痛を起こした際、助けてくれた男性ランナーの不登校だった高校生の娘を少しでも勇気づけたいと、毎年贈り続けている。今年も完走して贈るつもりでいる。 新型コロナウイルスの影響で、今年はオンライン参加になるが「人は一人では生きられない。皆が応援してくれたからこそ結
果も出せた。これまでの声援を心に感じながら、走り抜きたい」とサブ4を再び狙う。
2019年 丹後ウルトラマラソン100キロ
2019年9月15日 丹後ウルトラマラソン100キロ2年連続挑戦
私の夏が終わりました。
2018年碇高原 71キロ越えられなかった私は、100キロ挑戦卒業宣言
2019年 再度、碇高原越え挑戦
春から夏にかけて、じっくり練習を積むもの、レース当日の碇高原への脚の走力は今の私には不十分であった。
脚が痺れ、自分の脚が脚で感じなく、前へ出すこともままならない状態までいってしまった。その脚で、第三関門 碇高原3分前に通過
目標達成 その後、次の関門 84.9キロまで走り私の夏は終わった。
一人では走れなかった。
一人では練習できなかった。
たくさんの人に応援いただき、
私のゴールを踏んだことに感謝いたします。
応援ありがとうございました。
2020年 丹後ウルトラマラソン100キロ 挑戦します。
がんと私
2019.8.3 胃がん全摘してから3年が経ち4年目となった。
月日が経つのは早い。水も詰まり苦しんだ日、麺類食べて詰まり洗面所で吐くこともできず苦しみ耐えたこと。食べては下痢をしトイレに閉じこもった日。
傷口がケロイド擦れて血を流し、不安な日々を過ごし、走り出しても酸素が上手く肺に入っていかなく肩で息をしていた日。
術後半年に1回 血液検査、CT検査、人間ドック、胃カメラ検査
去年の夏に新たに怪しいがんが顔を見せ始めてきた。
生検検査が増え痛みに耐えなくてはならない。
先日も生検検査で細胞を取り、あまりの痛みで病室を出た私は、自分がどこにいるのかさえわからなくなってしまった。
今回も検査であきらめていたものの、際どく通過。
こんなことあるのだろうか。
覚悟はしていたのに・・・。
検査は、ずっと続く。
私は、ずっとがんと背中合わせで生きている。
2018.9.16 TANGO 100Km ULTRA MARATHON
2018.9.16 TANGO 100Km ULTRA MARATHON
2018.9.16 TANGO100Km ULTRA MARATHON
目指せ! 第3関門 71.8km
1回限りの挑戦
1年間の努力
流す汗と涙は、この日だけ。
第3関門 突破出来ず! タイムアウト 71.8キロ終了
碇高原登りきりました。
私の2018年 夏は終わり。
悔い、思い残すことなし。
丹後ウルトラマラソンにふさわしい暑さにも満足
言い訳も、やり残したこともなし。
どんな条件でも結果は同じ。
ゴールできないこと知っての挑戦
ゴールできないから挑戦しないことより、挑戦したことに自分を褒めてあげたい。
メダルは手元にないけど、丹後ウルトマラソン記憶のメダルは私の心に刻まれました。
たくさんの応援、一緒に練習にお付き合いしてくださったラン友さんに感謝いたします。
ウルトラマラソン100キロ挑戦卒業いたします。
ありがとう。
胃がん全摘3年 2018.8
走ることは生きること、尾﨑礼佳でございます。
ご無沙汰しております。
無事8月3日に、術後3年を迎えることができました。
3年 転移するならが、この時期が一番危険と言われ、無事通過できたことは心から感謝しております。
ですが、
今年に入り、一部がんの疑いがあり生検検査を2度受け、グレーな判断の中、決め手が無く再度の検査を繰り返しておりました。
そして、今日再度検査結果は、がんが見つからず通過いたしました。
検査は、3か月ごとに生検を受け、血液検査とCT検査は半年ごとで繰り返されることになります。
2018/8/4.5.6 熊野霊山修行 3年連続滝修行を終えました。
1年目 がんと知りつつ熊野にて、滝修行を行い。 生きたい。と訴え、叫び手術
2年目 生きて帰ってきました。お礼の滝修行
3年目 がんの疑いがある中、がんが消えますように。 生きて人生を走らせて欲しい。
今日、がんが見つからずの結果がでました。
熊野滝行で、素晴らしい力とパワーを頂いたことに感謝いたします。
生きる。 がんが消えますように。 世界平和を祈り続けた滝行
丹後100キロ完走を祈願した熊野滝行
ありがとうございました。
2018.7.5 富山マラソン 北日本新聞
走ることは、生きること、尾﨑礼佳でございます。
2018.7.5 58才になりました。
2004年 胃がん3分の2摘出
2015年 残胃摘出
2015.10 わずか術後3か月 生きることは何か? 走ること
富山マラソンに復活挑戦 4時間57分完走
その後、ウォーキング100キロ完走
ウルトラマラソン100キロ完走
第1回からエントリーしている富山マラソン
2017年は3回目
術後2年 精神的にも安定し、身体も心も充実のなか走る。
完走後、北日本新聞取材を受け、翌日の新聞に掲載される。
そして、
2018年夏
北日本新聞からのバースディープレゼントは、CM
応援ありがとうございます。
2018年秋のレースは、もちろん富山マラソンからスタートです。
感動をめくろう 北日本新聞
北日本新聞CM
北日本新聞CMに私が採用されております。
YouTube
富山マラソン 第3回
走ることは生きること 水都大阪100キロ完走
2018.4.21 水都大阪100キロウルトラマラニック完走
素晴らしいお天気、水の都大阪 河川敷
眩しい朝陽、日差し、夕陽に見守られて、13時間46分無事ゴールいたしました。
皆様にご報告いたします。
以前から私に、皆さんの想い出の詰まった完走メダル
水都大阪ウルトラマラニックM4M活動に寄与させていただきました。
海を越えてアメリカ、もちろん日本国内の子どもたちの手に渡ります。
世界は一緒 小さな身体で治療に向かい合っている子どもたちに勇気を贈ります。
ありがとうございました。
私の100キロの旅は、40キロまで元気でしたが、その後気力と脚の痛みなどなど。
自問自答ばかりでした。
シューズは立派で走りは最低。 シューズに申し訳ないから最後まで走らなければ…。
今年もエイドで食べられない私の私物、スタミナジェルを預かってくださった新橋エイドのみなさんのおもてなしと優しさ。
ただひたすら前を向いて走っていました。なんてありません。
ひたすら下を向いて歩いていた方が多かった後半。
見知らぬ人、ラン友さんを追いかけては走り出し、その繰り返しでした。
誰かのために走ることのない私なので、最後まで自分の力を信じて走りました。
いつも応援ありがとうございます。
ありがとうございました。
Live in the present
走ることは生きること 講演 2018.3.30
走ることは生きること、尾崎礼佳でございます。
2018.3.30 和歌山 医療病院 新入社員研修にて、
「走ることは生きること 二度のがんを経験して」
講演させていただきました。
はじめての胃がん宣告を受けたときの感情。
手術、入院生活での看護師との関わり。
介護福祉士
マラソンとの出会い挑戦
再度のがん宣告
全摘手術
復活マラソンへの挑戦 「愛と友情」
フルマラソン、ウルトラマラソン挑戦
仕事についてなどを、1時間講演させていただきました。
新入社員のキラキラ光った瞳が印象的でした。
今は、気づかなくても、いつか話したことが、
こういうことだったんだ… と、いつか気づいてくれると嬉しいです。
未来ある新入社員さん 頑張れ!
« Older Entries