走ることは生きること


2018.9.16 TANGO100Km ULTRAMARATHON


 


2018.6.10 高野山・龍神温ウルトラマラソン50キロ



2018.3.10 Nagoya Women’s Marathon 4:00:07


 

 

 


2018.2.25 Tokyo Marathon 4:00:50PB


 


2018.2.18 Kyoto Marathon 4:09:48PB


 

 

 


胃がん全摘2年6ヶ月 2018年 月刊ランナーズ4月号がんに克った!掲載


 


2017.11.19 Kobe Marathon 4:10 PB


 


手 術


 

2015.8.3 残胃にがんが見つかり全摘手術いたしました。

 

その後、走ることへの情熱がさらに強くなり、私の走ることは生きることに繋がりました。

がんと向き合っている人に勇気と力になると信じて、生きている限り走ることに決意致しました。

 

二度のがんで、情熱だけで走っていた私は、術後3か月後富山マラソンを友人と走り、富山の青い空、立山連峰から「愛」というひと文字が降り、人は一人では生きてゆけない。

一人で走ることはできない。と強く思いました。

 

素直に「愛」を受け取り最後まで走り、友人と一緒にゴールしました。

 

 

そして次へのステップ
地元京都マラソン2016を術後6カ月

無事完走 2016.2.21 4:59完走致しました

応援ありがとうございました。

 


2015.2.19 京都新聞

胃摘出の女性、京都マラソン挑む 「闘病中の人に勇気を」

京都新聞 2月19日(金)18時36分配信

昨年がん治療で胃を全摘出した京都市伏見区の女性が、頑張る姿を多くの人に見てもらおうと、21日に初めての京都マラソンに臨む。大病を乗り越えての挑戦に「悩み苦しむ人、闘病している人を元気づけたい」と誓う。
介護福祉士や心理カウンセラーとして働く尾崎礼佳さん(55)。2003年に胃がんの手術を受けた際、「目標を持って生きたい」と走り始めた。運動経験はなく、胃の3分の2を摘出したため水分補給も満足にできない状態からのスタート。少しずつ走る距離を伸ばし12年、ついにハーフマラソンを完走し、その後各地でフルマラソンに出場した。
15年8月に胃がんが再発、全摘出した。それでも「生きている実感がある。生きる限り走り続けたい」と諦めきれず、術後すぐにトレーニングを再開。3カ月後には富山マラソンを走破、京都マラソンへの弾みをつけた。
最初にがんが見つかったとき「心身に苦しみを抱える人の役に立ちたい」と、介護やカウンセリングの道を歩むことにした。その思いは強まり「走り続けることで、がんと闘う友人たちや心の病に苦しむ人を勇気づけたい。自分を助けてくれた人たちへの感謝にもなる」と決意を固める。
富山マラソンを走った友人が、京都では沿道から応援してくれるといい、尾崎さんは「支えてくれる人がいるから生きていける。そのことも感じてもらえたら」と語った。

 


 2016.9.4 産経新聞朝刊

2016.9.4 09:51更新
「走ることは生きること」胃全摘出女性ランナー、18日の丹後ウルトラ60キロマラソンに挑戦

http://www.sankei.com/west/news/160904/wst1609040025-n1.html

京都府京丹後市内で18日に開催される「第16回2016歴史街道丹後100キロウルトラマラソン」の60キロの部に、胃がんによって胃の全摘出手術を受けた心理カウンセラーの尾崎礼佳(あやか)さん(56)=京都市伏見区=が出場する。術後わずか半年で挑戦した2月の京都マラソンは見事完走。さらに距離を60キロに伸ばし、制限時間9時間半以内での完走を目指す。

 平成14年冬にスキルス性の胃がんが見つかり、翌年、手術で胃の3分の2を摘出した。同じく胃がんを経験した政治家の鈴木宗男氏が走る姿に感銘を受け、24年にマラソンデビュー。以降、神戸や徳島、函館など全国のマラソン大会に出場してきた。

 しかし、昨年夏に胃がんを再発。残っていた胃をすべて摘出したが、「走ることは生きること」と、マラソンへの情熱は消えなかった。術後わずか半年で京都マラソンに挑戦、5時間4分30秒で見事完走した。

 体調などを考慮し、「フルマラソンより長い距離には挑戦しない」と決めていた。しかし、毎年100キロのウルトラマラソンを走っていた知人が病気により「60キロなら走れるかもしれない」と悩んでいるのを見て「私も一緒に走ります」と出場を決意したという。

 「がんと闘う人に勇気と希望を与えたい」と挑んだ京都マラソンでは、多くの人に励まされた。「応援するつもりがされていた。恩返しがしたい」と話す。ウルトラマラソンは、距離が長いだけでなく、京丹後市内の山や海沿いなど起伏の激しいコースを走る。

 不安はあるが、「絶対に完走できる」と意気込んでいる。

 


2016.12.5 琉球新報 朝刊

 


NAHA Marathon
胃がんにより胃を全て摘出している尾崎礼佳さん。
マラソン完走証を手に喜びを語った=4日午後、那覇市

 2015年8月に胃がんで胃を摘出した尾崎礼佳さん(56)=京都府=が、NAHAマラソンに初出場、6時間1分48秒で完走した。「マラソンを走るのは生きることと同じ」と退院翌日から、マラソンのため歩く練習を始めた。NAHAマラソンを通し「走ることで、がんの人たちに勇気を与えたいと思っていた。でも沿道の人から私が勇気をもらっていると分かった。感謝している」と話した。

 尾崎さんは10年ほど前、スキルス胃がんで胃の3分の2を切った。ランニングを始めたのは、それからだ。大会出場の楽しさを知り始めた昨年、残った胃にがんが見つかり全摘手術を受けた。

 

胃がないため「少しずつ食べて調整しないと、すぐに体調が崩れる」という。しかし「私が走ることで、『私も頑張ります』と言ってくれる人がいる。その人たちのために走りたい」とマラソンを再開。手術から3カ月後に大会にも出場した。

 その後、丹後ウルトラマラソン60キロの部をはじめ、各地のマラソンに出場している。「那覇は今年の集大成。暑くて体調の調整が難しかったが、出場できたことがうれしかった」と振り返る。「沖縄の人の優しさを受けて、いっぱい元気になった。楽しかった」と話した。

 


北日本新聞 2017.10.30 月曜日 朝刊

がん克服 万感ゴール

http://webun.jp/item/7411720

 

「脚と命がある限り走り続ける」。富山マラソンに特別な思いを持って出場を続けるランナーがいた。がんで2015年8月に胃を全摘した心理カウンセラーの尾崎礼佳(あやか)さん(57)=京都市伏見区=だ。3度目の挑戦はあいにくの天気となったが「雨でも応援してくれた。富山の人の優しさに触れた」と笑顔を見せた。

 胃がんが見つかったのは14年ほど前で、3分の2を摘出した。体調不良に苦しむ尾崎さんを刺激したのは、がん手術を経てなおも走り続ける男性ランナーをテレビで見たことだった。「エネルギッシュさに感動し、ある種の悔しさも覚えた」という。

 マラソンに挑戦したい気持ちに、体がついていかなかった。胃を摘出したことで柔らかい物しか口にできず、水さえ喉を通らなかった。おなかが痛くなることも多く、体重は手術前の52キロから44キロまで落ちた。

 それでも12年から練習を始め、同年4月には三重県の伊勢志摩であったハーフマラソンを完走。以降、神戸や徳島、北海道の大会を次々に走破し、「絶好調だった」と振り返る。

 15年に再び胃がんが見つかり、8月に全摘。「もう走れない」。再び絶望の淵に立たされた尾崎さんにとって、既にエントリーしていた富山マラソンが最後の望みだった。これに賭けた。「私には走ることしかない。富山の地で復活を誓ったんです」

 手術後数カ月で挑んだ大会は4時間57分で完走。ゴール後は涙があふれた。「ますずしと、立山連峰の景色が忘れられない」と話す。2度目はレース中に腹痛に襲われたが、沿道の人が自宅のトイレを貸してくれたと言い、「人は一人では生きていけないということを、この大会に教えてもらった」と語った。

 復活の第一歩となった富山マラソンを「人生の年輪」と表現する。「走ることは生きること。富山マラソンがある限り、走り続けます」。尾崎さんはこの日、富山マラソン自己ベスト記録で三つ目の年輪を刻んだ。

 


 

 

 

 

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