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愛と孤独に向き合う1年間 12回コース

2014.1.10

ANICCA  愛と孤独に向き合う1年間 12回コース

 

パーソナル(個人)コーチング・心理カウンセリング

 

1年間 12回コース 240,000円

 

 

対面もしくはSkype 90分

 

なんだかわからないけど、生きづらさを感じていませんか?人は恐ろしい体験をすると、

身を守るために記憶を忘れようとします。実は忘れていません。

心の奥、深層部に記憶は息を潜めて呼吸をしています。愛を感じないで生きてきた人は、

愛に飢え誰よりも愛を求めて生きます。そして愛を求め依存しいつか共依存になります。

愛を与えられなかった人は、愛を与えられると強烈に依存します。

 

子供時代から愛情を与えられなくて淋しい思いをした人は、自覚の有無関係なく、愛情と孤独のトラウマを抱えてきた人を親に持っていることも考えられます。
その親も、さらにその親からトラウマを与えられたのかもしれません。
愛情の、トラウマはかなり根深いものと言えます。

 

自分を愛せない、大切にすることがわからない、苦手なあたなたに1年間12回コース

 

 

あなたの1ミリのサポート

どの月からでも可能ですのでお問い合わせください。

 

人間関係は自分を大事にすることから始まります。

 

トラウマ  (ウイキペディア)

心的外傷(しんてきがいしょう、英語: psychological trauma、トラウマ)とは、外的内的要因による衝撃的な肉体的、精神的な衝撃を受けた事で、長い間それにとらわれてしまう状態で、また否定的な影響を持っていることを指す。

心的外傷が突如として記憶によみがえり、フラッシュバックするなど特定の症状を呈し持続的に著しい苦痛を伴えば、急性ストレス障害であり、一部は1か月以上の持続によって、心的外傷外傷後ストレス障害(PTSD)ともなりえる。

心的外傷となるような体験を、外傷体験(英:traumatic experience)という。

 

 

 

 

 

 

2017年 富山マラソン

走ることは生きること、尾崎 礼佳でございます♪

2017年 富山マラソン

心折れることなく、最後まで全力で走りました。

たくさんの応援ありがとうございました。

 

北日本新聞 2017.10.30 朝刊

「脚と命がある限り走り続ける」。富山マラソンに特別な思いを持って出場を続けるランナーがいた。がんで2015年8月に胃を全摘した心理カウンセラーの尾崎礼佳(あやか)さん(57)=京都市伏見区=だ。3度目の挑戦はあいにくの天気となったが「雨でも応援してくれた。富山の人の優しさに触れた」と笑顔を見せた。

 胃がんが見つかったのは14年ほど前で、3分の2を摘出した。体調不良に苦しむ尾崎さんを刺激したのは、がん手術を経てなおも走り続ける男性ランナーをテレビで見たことだった。「エネルギッシュさに感動し、ある種の悔しさも覚えた」という。

 マラソンに挑戦したい気持ちに、体がついていかなかった。胃を摘出したことで柔らかい物しか口にできず、水さえ喉を通らなかった。おなかが痛くなることも多く、体重は手術前の52キロから44キロまで落ちた。

 それでも12年から練習を始め、同年4月には三重県の伊勢志摩であったハーフマラソンを完走。以降、神戸や徳島、北海道の大会を次々に走破し、「絶好調だった」と振り返る。

 15年に再び胃がんが見つかり、8月に全摘。「もう走れない」。再び絶望の淵に立たされた尾崎さんにとって、既にエントリーしていた富山マラソンが最後の望みだった。これに賭けた。「私には走ることしかない。富山の地で復活を誓ったんです」

 手術後数カ月で挑んだ大会は4時間57分で完走。ゴール後は涙があふれた。「ますずしと、立山連峰の景色が忘れられない」と話す。2度目はレース中に腹痛に襲われたが、沿道の人が自宅のトイレを貸してくれたと言い、「人は一人では生きていけないということを、この大会に教えてもらった」と語った。

 復活の第一歩となった富山マラソンを「人生の年輪」と表現する。「走ることは生きること。富山マラソンがある限り、走り続けます」。尾崎さんはこの日、富山マラソン自己ベスト記録で三つ目の年輪を刻んだ。

 

http://webun.jp/item/7411720

 

2016.12.4 NAHAマラソン 琉球新報掲載されました。

走ることは生きること 尾﨑礼佳でございます♪

201.12.4 NAHAマラソン完走いたしました。

 

たくさんの人に支えられて、無事完走できました。

ありがとうございました。

 

◆第32回NAHAマラソン


胃がんにより胃を全て摘出している尾崎礼佳さん。
マラソン完走証を手に喜びを語った=4日午後、那覇市

 2015年8月に胃がんで胃を摘出した尾崎礼佳さん(56)=京都府=が、NAHAマラソンに初出場、6時間1分48秒で完走した。「マラソンを走るのは生きることと同じ」と退院翌日から、マラソンのため歩く練習を始めた。NAHAマラソンを通し「走ることで、がんの人たちに勇気を与えたいと思っていた。でも沿道の人から私が勇気をもらっていると分かった。感謝している」と話した。

 尾崎さんは10年ほど前、スキルス胃がんで胃の3分の2を切った。ランニングを始めたのは、それからだ。大会出場の楽しさを知り始めた昨年、残った胃にがんが見つかり全摘手術を受けた。

 

胃がないため「少しずつ食べて調整しないと、すぐに体調が崩れる」という。しかし「私が走ることで、『私も頑張ります』と言ってくれる人がいる。その人たちのために走りたい」とマラソンを再開。手術から3カ月後に大会にも出場した。

 その後、丹後ウルトラマラソン60キロの部をはじめ、各地のマラソンに出場している。「那覇は今年の集大成。暑くて体調の調整が難しかったが、出場できたことがうれしかった」と振り返る。「沖縄の人の優しさを受けて、いっぱい元気になった。楽しかった」と話した。

 

 

2016.9.4 産経新聞朝刊掲載されました。

2016.9.4 09:51更新
「走ることは生きること」胃全摘出女性ランナー、18日の丹後ウルトラ60キロマラソンに挑戦

http://www.sankei.com/west/news/160904/wst1609040025-n1.html

京都府京丹後市内で18日に開催される「第16回2016歴史街道丹後100キロウルトラマラソン」の60キロの部に、胃がんによって胃の全摘出手術を受けた心理カウンセラーの尾崎礼佳(あやか)さん(56)=京都市伏見区=が出場する。術後わずか半年で挑戦した2月の京都マラソンは見事完走。さらに距離を60キロに伸ばし、制限時間9時間半以内での完走を目指す。

 平成14年冬にスキルス性の胃がんが見つかり、翌年、手術で胃の3分の2を摘出した。同じく胃がんを経験した政治家の鈴木宗男氏が走る姿に感銘を受け、24年にマラソンデビュー。以降、神戸や徳島、函館など全国のマラソン大会に出場してきた。

 しかし、昨年夏に胃がんを再発。残っていた胃をすべて摘出したが、「走ることは生きること」と、マラソンへの情熱は消えなかった。術後わずか半年で京都マラソンに挑戦、5時間4分30秒で見事完走した。

 体調などを考慮し、「フルマラソンより長い距離には挑戦しない」と決めていた。しかし、毎年100キロのウルトラマラソンを走っていた知人が病気により「60キロなら走れるかもしれない」と悩んでいるのを見て「私も一緒に走ります」と出場を決意したという。

 「がんと闘う人に勇気と希望を与えたい」と挑んだ京都マラソンでは、多くの人に励まされた。「応援するつもりがされていた。恩返しがしたい」と話す。ウルトラマラソンは、距離が長いだけでなく、京丹後市内の山や海沿いなど起伏の激しいコースを走る。

 不安はあるが、「絶対に完走できる」と意気込んでいる。

 

 

2017.11.19 笑顔にささえらた神戸マラソン

走ることは生きること、尾崎  礼佳でございます♪

 

2017.11.19
2万人走る神戸マラソン

誰かのために走るのでなく、
私は、応援と笑顔もらい最後まで走りきりました。

ある女性、女の子が大きな手術、長時間手術終えて3日目にして笑顔になり、私は嬉しくて嬉しくて。

 

たった42.195 されど42.195
私は彼女の笑顔を思い出し、励まされ支えられて最後まで走れました。

19キロ過ぎ腹痛おこし、辛く悔しさと交差する中、市販下痢止めを走りながら上手く取り出せず一粒落とすハプニング。情けない。
一粒飲むがお腹が収まらず、21キロ付近でトイレ駆け込み。

あきらめることなく仕切り直し走り出す。

5分のロスと思うか、ロスが私を強く、粘り強く走らせてくれると信じる。
何よりあの笑顔思い出せば元気になる。

最後の最後まであきらめず、笑顔にささえられて私はゴール。

 

 

PB 4時間10分49秒

ウィメンズ記録更新しました。

まゆちゃん、笑顔ありがとうございます。

いつも応援ありがとうございます。

 

私は誰かの期待に応えるために走ったりはしない。

私は誰かの期待に応えるため生きているのではない。

私は、人に支えられ走り生きている。

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